逢魔の扉を前にして 〜収録談話 なれそめ篇 3


甘い栗色を含んだ、ほのかに癖のある黒髪の
撫でつけぬ長めの前髪が目許にやや掛かっていて。
優しげな双眸は切れ長ながら愁いをおびて淑と潤み、
高い鼻梁にするんとした頬が沿い、表情豊かなやわらかそうな唇がお行儀よくほころぶ。
理知的ながら夢見るような優しい面差しの端正さがついつい取り上げられるお人だが、
成年男性としての頼もしさもちゃんと持ち合わせている人だと思う。
なかなかの長身で脚も長くて、
背中も広いし肩のラインもかっちりと精悍で、頼もしいと言っていいと思うそれだし。
何を着ても羽織っても様になるところとか、さすがはモデル出身だなぁと思う。
動作にも切れがあって清々しく、
それでいて指先まで行儀のいい所作には品があって。
役柄の関係で気だるげにタバコをふかす姿も、
指を立ててやや雑に長いめの前髪をかき上げる仕草も、
怠惰ながら伏し目がちになった表情だったのが、
つやがあって色っぽかったと評判になってたらしく。
ただのイケメンではなくて、ちょっと陰のある冷たい表情もいい。
鬱蒼とした色香がまた雰囲気があっていいのだとかで、そこは年齢相応な魅力といえ。
そんな艶めきのせいだろうか、
恋愛が主軸になってはない筋立てのドラマでも、共演する女優との熱愛を毎回噂される罪な人で、
だが、共演するとそんなのはただの騒音でしかないのがようよう判る。
与えられた役にただただ集中したいようで、
チームワークも必要だろうからという範囲での愛想は欠かさないが、
じゃあ帰りにどっか行こうか、区切りのいいところまで進んだから打ち上げに行こうかという
時間外のお付き合いにはあんまり加わらない。
役柄への勉強に徹したいのだろうねというのが周囲の評で、
私生活も謎の多い人で、ご贔屓の店やブランドは特に決まってはない模様。
はぐらかすのが上手いのだろうということになっているが、
所属する事務所がなかなかに堅牢なガードを張っており。
考えなしに突撃取材なんぞ仕掛ければ、いやさ仕掛けてみても、
彼が帰ったのだろう先、目的地には辿り着けないというややこしい伝説もあるのだとか。
……無下限呪術でも使えるんだろうか。(こらこら)

 『本名も本籍も隠し通してた伝説の美人女優、
  条野紅葉嬢が籍置いてらしたくらいだしねぇ。』

妖麗な美貌で戦後の銀幕を沸かせた、それはそれは神秘的な美形だったそうだが、
華族様のご落胤だの、亡命してきた白系ロシアの血を引く姫だのと
世情は勝手な妄想に沸いたものの、真相は一切判らずじまい。
出自も私生活も何もかもすべてが不明なまま、いつの間にか顔を見なくなった美姫だそうで。
そんな伝説を持つお人が所属していた事務所なだけに、
伝手であれ手法であれ、隠蔽の術というものをようよう持ち得ているらしいとあって、
それがまた彼のミステリアスな背景を秘かに持ち上げてもいるのだとか。

 「まあ、俺らにはそんなもんはどうでもいいんだが。」

希代の二枚目、いつだって話題の人で、
ドラマでも映画でも降るほどのオファーは選び放題。
そんな環境下で、様々な職業、様々な個性の、
毎回予想だにしない意外な役柄を、しかも見事に演じ切ることから、
その評判と格付けを右肩上がりにどんどんと高めている もはや名優。
先に演じた、ちょっと癖の強い頭脳派探偵の役も、
奇抜鮮烈な自論持ち、人嫌いで偏屈という風変わりな青年だが、
シリーズを通して繰り広げられたすべての解が、
実は意外な真犯人の孤独な魂を救う展開となっており。
そんな壮大な流れ、発表時は編集部に嫌がられて諦めたものを、
2クールの話数の中で無理なく組み立て、
視聴者にも飽きさせずに巧みに誘導した演技力を絶賛されていて。
原作小説が久々の重版を重ねたほどの影響を及ぼし、
トレードマークだったロング丈のトレンチコートが男女を問わず流行したほど
世間への影響も半端なかった“時の人”。

「そんな奴がなんでまた、
 わざわざジュブナイルドラマのオーディションを受けるかなぁ〜〜〜。」

かの少年の自衛ガードに関する対策をすり合わせるべく、
週に一度は顔を合わせるようになった誰か様と誰か様。
端麗な顔容を見合わせておいでだが、なぜだか双方ともに微妙にしょっぱそうなお顔になっている。
話題のイケメン様の世間からの評とか何とかはどうでもいい。
同じ芸能畑の存在だとはいえ、厳密には微妙に在中するジャンルやテリトリが違うので、
こちらから近寄らにゃあいいだけのことだし、
何なら意識して寄らないでいりゃあ済む。
自分たちにとって問題なのは、あまりによく似た存在を“前世”にて知っているということと、
そ奴が選りにもよって、

「敦が初オファー受けためでたい話だったのによ〜〜〜〜〜っ。」
「中也さん、落ち着いて。」

揮発性もそりゃあ高いめ、ガウガウとがなりっぱなしな赤毛の先輩様を、
黒髪の後輩さんが根気よく宥めておいで。
とはいえ、芥川のほうもまた気が重そうな様子には違いなく。

 再会を果たした彼らが、
 なんとはなく…語ると寄ってきそうな予感があって
 触れずの見ぬふりをしていた存在が、
 だっていうのにそちらから接近してきたものだから、

 「ちょっとでも意識したら終わりなんか、あいつは何かの邪霊なんか。」
 「そういうドラマだからでしょうか。」

日頃は沈着冷静、大成なさっているお人のはずが、珍しくも二人そろって混乱している模様。
決して、海外で名が売れている中原中也が推薦したわけでもなければ、
舞台演劇界の新鋭と名をはせている芥川と最近仲がいいということが由縁してのものでもない。
どちらとも接点のない制作や監督だったから、その手のコネは一切なしなまま、
作品への出演へお誘いの仮通達があったと、
その日のうちに二人へも敦本人から嬉しそうな知らせがあり、

 『主役だなんて凄ぇじゃねぇか。』
 『見ている人は見ていたのだな。』
 『はい、嬉しいですっ。』

本人以上にお兄ちゃん二人もドキドキハラハラして本採用の通知を待っていての
それは嬉しい正式オファー…まではよかったが。
ほぼほぼ新人同然な主役くんの脇を、知名度でもフォローという意味で固めるという目論見か、
活劇やらSFXも多用されるらしい作品という格好で、結構ハードルが高かろう主役級の術師たちは
半数がオファー、残りをオーディションで採用したいとする
監督の意向がさりげなく広まっており。
いわゆる幹部級のゲストに大御所俳優を迎えたりと
大人たちがちょっと斜めな話題づくりへ駆け出してたのを引き留めるよに、
ちょうどスケジュール空いてるしと、中也が手を挙げたところ、

 『ななな、なんですってぇ?!』

年齢的にも作品のカラーにちょうどいい若々しさながら、
活劇のスキルはもはや世界レベルの名優。
これはとんでもない人物がやってきたぞと関係者らが腰を抜かしたそのついで、
その“とんでもない人物”というのがもう一人いて。
それが、飛ぶ鳥落とす勢いの名優、

 『太宰治さんとの初の競演ですねvv』

うわぁ、夢のようだと、
キャスティング担当の方々は嬉しそうにうっとりなさったようだが、

 「悪夢でしかねぇ〜〜〜〜〜。」

そんなお声を掛けられたこちらは、
端正なお顔が引きつりかけたのを隠すのに精いっぱいだったとか。

 「なんであの野郎が食指動かすかなぁ。」

選り取りみどりってレベルでゴールデンのドラマへのお誘いがいくらでもあったろうに、
叙述型ミステリの劇場版とか十分こなせる地盤も築いたばかりの身だろうに。
深夜枠のジュブナイルネタだぞ?
しかも飛んだり跳ねたりの、そりゃあ判りやすい勧善懲悪系冒険活劇。
現代劇専門じゃあなかったのかよ、
なんでまたこっちへ手を伸ばしてくるかなぁと、
わざわざの嫌がらせとしか思えぬ運びへ憤慨しまくりの中也だったりし。
腹立たしげに頭を抱える先達を前に、心境は重々判るとしつつ、
ただ、芥川としては、

 「わざとかどうかはちょっと…。」

そこへは微妙な声になる。
いまだに接触を取ってないせいで、
本人が転生者なのか、前の生での記憶があるのかまでは不明なまま。
とはいえ、

「そもそも、転生者だったとしたら、
 俳優なんてな職業に就きますかね、あの太宰さんが。」
「…まぁな。」

あの太宰が、顔もスケジュールもほぼほぼ公開された身に進んでなりたがるだろうか。
現在そうなように様々な職業なり人生なりを体験出来て好奇心を満たされはするものの、
売れれば売れるほど、公人と紙一重なレベルでプライベートも覗かれまくる俳優業。
いろいろと謎めいていると言われちゃいるが、
それでも現に一般の皆様にまで顔が差す存在になっている。

 姿だけの空似で中身は丸っと別人なんじゃね?
 それにしちゃあ器用で色々とこなせるというところが引っ掛かります。

芥川の冷静な分析に、中也が“う〜ん”と唸ってみせる。
何せ、自分たち同様に転生した身なら関わり合うのは面倒だと、
ちょいと失敬ながら故意に避けてきた存在なので、
それが祟った結果として手持ちの情報があまりに少ない。
下手に探りを入れてもしも“あの”本人だったなら、
入れ食いという格好の藪蛇になりかねないと。

 中也さん、日本語がおかしいです。
 おう、海外生活が長いんでな。

漫才になっとるぞお二方。(おいおい)

 「とりあえず、俺も今来ているオファー蹴ってでもオーディション受けます。」
 「芥川〜〜。」

敦くんへのガードにおいて、
ストーカー対策どころじゃあない、とんでもない巨悪がやってきたよな心持ち。
謎の大魔王現るという架空のスチール看板を背景に、
事情を唯一知っている者同士、
もしかして太宰が記憶持ちであっても挫けぬよう、お互いを頼みにエールを送り合うのだった。





     ◇◇



少年まんがが原作の『逢魔の扉』の実写ドラマ化、
情報の秘匿を契約に載せての、マスコミ完全オフで企画はがんがんと進み、
出演者も揃っての、脚本も大筋で完成したとあって。
メインの出演者一同で顔合わせをした後、割と近郊のロケ地へ向かう事となり、
そこで制作発表用のスチールを撮影するという。
特別車両を貸し切っての移動で、マスコミはもちろんのこと各自のファンにも知らせない隠密の仕儀。
すっかりとお膳立てを済ませての公開と企んでいる制作サイドだったようで、
まま、少年漫画原作で、
女性ファンも少なくはないとはいえ、切れのいい活劇が主柱の作品。
ゴールデンタイムのトレンディだったりミステリだったりするドラマ群とは
一線を画した色物なだけに、まだまださほど注目もされてはなかろう。
すっぱ抜きを警戒する必要もないんじゃあと、むしろほのぼのとした空気のお出かけロケという案配で。
結構な大御所も交えた顔ぶれだからだろう、
足代わりにと用意されたのは、今時はやりのちょっぴり豪華な観光用特別特急。
さすがに全車両を借り切ってはなかったが、
中央に3両しかない特別車両は俳優陣の控室扱いで占拠されていて、
関係者じゃあない人間が紛れ込んでも困るのでという、これもマスコミ対策の一環らしく。

 『初めまして、よろしくお願いしますっ。』

皆様との顔合わせもこれが初という主人公は、中島敦という十代の少年で。
新人も新人、何ならTVというメディアへの顔出しさえお初かも。
だってこれまで出演してきたのって変身後のヒーローの“中の人”ばっかだったしという、
スーツアクターの卵くんなのでという。
よく言って誰の手垢もついてはない掘り出し物、
ちょっと意地悪な見方をすれば、未知数が過ぎて危なっかしい新米くんで。
そんな彼を支えるように集められた著名どころな皆様へ、
緊張しまくり、ドギマギとご挨拶をして見せた様子はなかなかに微笑ましく。
イマドキは卒のない子ばかりなので面白味がないからねぇとし、
そんな固くなるこたないぞと、励ましの笑顔を向けてくださる方が大半だった、
好印象スタートと相成ってはいる。
長らく海外を活動拠点にしていたが、実は同じ事務所だという中原中也氏が
役柄関係がそうなのをなぞるよに傍らについていることもあって、
まま露骨な反発は降ってこないことだろうとは、スタッフたちの評でもあり。
何より

 「高校を出たばかりなんだってね。若いなぁ。」

朗らかにご挨拶を返した、くだんの人物の存在も大きい。
今回初対面、勿論のこと初共演となる、若手ナンバーワンな知名度を誇ろう超人気俳優、
太宰治氏への注目が大きいことから、
その凄まじい存在感に負ける格好、良くも悪くも構われすぎはしなかろと。
ちょっと卑屈だが、いっそのことそういう形で利用すりゃあいいんだと、
ガーディアンのお兄様二人は当分の方針をそうと定めたらしい。

 『当人も、一通りの愛想は振るが、個々人への関心はさほど見せない性分らしいから、
  当たらず触らず、表面だけのやり取りだけで済ませてりゃあいいさね。』

何だったら深く潜行して目立たないように振る舞い、彼をこそ際立たせてもいい。
放っておいてもそうなろう運びに期待して、
息をひそめて過ごそうじゃあないですかと、
本当に芸能人なのか あんたたちと言われそうな方針まで心しているそうで。
……そこまで警戒しているところが、
現在日本一を冠しているイケメン様、どんだけ疎まれているのやらですな。

 ……で。

そんな警戒ピリピリがどう解釈されたやら。
ただの移動中の控室、それが移動手段でもあるだけと、
そういう格好で用意された列車だったのだが。
部屋割りが大問題だったりする。

「では、中島くんは太宰さんとD3号室へ。」

 ___ はい?

スタッフたちにしてみれば、主役でありながら一番人畜無害だろう存在なので、
…という、何とも曖昧模糊な理由でそんな運びとなったらしい。
さばけてらっしゃる態度ではあったれど、それでも結構難航していたのが太宰氏の同伴者枠。
連絡係という恰好の付き人は随行していたが、
それがいつものことらしく移動中の同行はしないのだとか。
事務所が車を仕立てた場合は、
セリフを覚えたり睡眠をとったりに充てているが、
一般車両だの飛行機だのでの移動は他の皆様と一緒くたになってが常なんだそうで。
それも共演者とコミュニケーションを持つ場や時間としておいでなのかもしれず。
とはいえ、スタッフ側にしてみれば結構難題を突き付けられたようなもの。
大御所の方々はそれなりに付き人を随伴しておいでなので部屋は埋まっているし、
中堅どころの方々との相性とやら、実はそういった機微に通じているよな顔ぶれがおらず、
誰と同室にしたほうがいいでしょうかと、他のドラマ部の関係者に大慌てで訊いて回ったりもしたようで。
謎めきの美男子様、ご機嫌を損ねたら後日に後難が降るやもしれぬ。
相談しに行った先でお前らの尻拭いさせんな良いななんて藪蛇な嫌味を言われた者も多数。
半ば追い詰められた格好のADさんたちが涙目で担当主任へすがった結果、

 『中原さんは芥川くんのフォローもあるのだろうし、
  近い部屋へ配置すれば問題はなかろうから…。』

一応はキャリアも積んでいる身なのでと、新人くんの付き添いという空気を醸してらしたが、
同行組の舞台俳優の芥川さんも、こういう形での移動には不慣れかもしれない…と。
差配担当の方々から
勝手に閉塞型の演技者扱いをされた元禍狗様のフォローを優先してほしいと
その頼もしさをあてにされてしまったようで。

 「な…っ。」

愕然とする先達の横顔を見やりつつ、

 “いっそ大叔父の車へ便乗すればよかったのだろうか。”

梨園の血を引きつつ、自力更生で銀幕での活路を開拓し、
火付け盗賊改めの当たり役で今や知らぬ人はない時代劇の重鎮、加茂張里さん。
芥川さんの父方の縁故でもあったりするのだが、
そういやあの方も出演予定でしたと今頃思い出していたりするのはさておいて。







     〜 to be continued.


 BACK/NEXT →


  *まだまだ続くへんてこりんな芸能パロ。
   とうとうあのお人が接近の模様です。
   ガーディアンのお二人が焦ってますが、
   なんだか長くなってきたので一旦切りますね。笑